大阪志学塾の講師は、
ナカジュンの記憶術の師匠:小田全宏先生です。
私の歴史は、得意ではありませんが、
先入観なく聞こうと前の方の席へ座りました。
まず、学ぶ時は、苦手とか言わず、
頭をクリアにしているといいですよ。
吸収が違います。(試してみて)
第6回目のテーマは
「安岡正篤」(やすおかせいとく)に学ぶ「日本人の神髄」でした。
ちなみに、「しんずい(神髄)」
そのものの本質。その道の奥義。「芸道の―を究める」
類義語に極意(ごくい)
秘伝(ひでん)
があります。
ということで
安岡正篤氏の本質を学んだ2時間でありました。
安岡正篤氏はこんなお顔↓
安岡正篤氏の有名な事を書きますと
●「平成
」の元号の発案者と言われている
」と評される。
大阪府立 四条畷中学
第一高等学校卒業
執筆され出版された『王陽明
研究』が反響を呼ぶ。
大学卒業後に文部省
に入省するも半年で辞し、
「東洋思想研究所」を設立。
『天子論及官吏論』などの著作を発表し、一部華族
や軍人
などに心酔者を出した。
一方で政財界とのパイプは保ち続け、
帝王学
を説き、彼らの「精神的指導者」「陰の御意見番」「首相指南役」の位置にあった他、1958年には安倍源基
らとともに「新日本評議会」を結成、安保
改定運動や改憲
運動などに関わった
東洋古典の研究と人材育成に尽力する一方で
、「体制派右翼」の長老としても
政財官界に影響力を持ち続けた。
安岡には政界だけでなく、
財界にも多くの心酔者がおり、
三菱グループ・近鉄グループ・住友グループ・東京電力など多くの財界人をも
指南していたとされる。
昭和58年12月逝去。
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安岡正篤氏は、
●戦後の歴代総理に「日本の黒幕はだれか?」と
聞けばほとんどの首相が安岡正篤の名前を挙げたという。
●安岡本人は「自分はただの教育者にすぎない」と
考えていたため、「黒幕」と言われるのを嫌がった。
しかし、自分自身が直接権力を持たない反面、
権力者に対して絶大な発言力を持っていた。
名のある大物ほど安岡の教えに心酔し、
意見や講演を求め、本人の意思に反して各界に
影響力を拡大していったためである。
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安岡正篤氏は、よく口にした言葉。。
「縁尋機妙(えんじんきみょう)」
――「よい縁がさらによい縁を尋ねていく仕方が実に機妙である」という意味である。
また安岡師はこれと対句のように、
「多逢勝因(たほうしょういん)」
――という言葉もよく説かれた。
「よい人に交わっていると、気づかないうちに、よい結果に恵まれる」ということである。
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なるほど。。そういう意味でしたか。。
縁尋機妙・・
良い言葉。
私も、ざまざまな人たちとのご縁をいただき、
その縁がさらに次へ次へと発展して
今日があります。
そのご縁のどれが途切れても、
今日の私はありません。
それらの無数の縁の中で
やはり、アクティブブレインセミナーに出合ったことは、
私のそれまでの人生を180度変えました。
学び、導かれ、気付いたら講師になっていた。
このご縁をこれからは、
自分が、誰かに伝える側となって
『一歩』づつ、
良い縁を広げていきたいと思っています。
一歩づつ・・一歩づつ・・♪
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もう一度おさらい
縁尋機妙 多逢聖因 (えんじんきみょう たほうしょういん )
縁尋機妙(えんじんきみょう)
良い縁がさらに良い縁を尋ねて発展してゆく様は誠に妙(たえ)なるものがある
多逢聖因(たほうしょういん)
いい人に交わっていると良い結果に恵まれる
人間はできるだけいい機会、いい場所、いい人、いい書物に
会うことを考えなければならない
安岡正篤
これが
縁尋機妙 多逢聖因 (えんじんきみょう たほうしょういん )
だから、まずいい人にあってゆくこと
そして、「気」のいい場所に出向くこと
それがいい機会をうむ
毎日必ず、いい本を読むこと
一日不読、一食不食
よきものに出会い良縁を重ねましょう
縁尋機妙 多逢聖因 (えんじんきみょう たほうしょういん )
大阪志学塾の安岡正篤氏の講演はDVDになっています。
詳しく知りたい方は→こちら
(リーガルネットワーク株式会社)
ナカジュン♫2012/3/28
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